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【悲報】吉野ヶ里石棺墓、あれだけ騒いで「副葬品見つからず」【まじかよ】

 

 

 

155:2023/06/15(木) 22:22:55.04ID:CgkFD09u0

>>1
石室内に赤色顔料が使われていたということは畿内の影響下にあったということだな

 

2:2023/06/14(水) 14:12:55.14ID:yD+2Wn/20

ゴッドハンドに任せろよ
次々と見つかるはずだ

 

3:2023/06/14(水) 14:12:58.68ID:Ui9BKWO50

「私にはこうなることは わかってました。」 by 藍子

 

4:2023/06/14(水) 14:13:05.11ID:vwMFzVMc0

そりゃ邪馬台国が九州にあったことにしたい連中が騒いだだけだからしょうがない

 

5:2023/06/14(水) 14:13:41.38ID:118FH9g20

やっぱ邪馬台国は畿内なんだよなー

 

6:2023/06/14(水) 14:14:37.45ID:TT1MTO/U0

泥が見つかったぞーwwwwwwww

 

7:2023/06/14(水) 14:14:55.59ID:J/aVI8gy0

そらそうやろ
平原クラスの墳墓じゃないと卑弥呼の可能性はゼロだわ

 

8:2023/06/14(水) 14:21:33.04ID:OKu1zLDY0

副葬品が無いだけなら盗掘されたってごまかせるだろうけど、卑弥呼の従者もたくさん殉死させられているんだから、周辺から異常な数の人骨が出てこないかぎり信用するに値しない

 

59:2023/06/14(水) 15:55:45.76ID:eDsk27O0

>>8
簡単に持ち運び可能な金印が出ても信用できないね。

 

9:2023/06/14(水) 14:22:16.95ID:6KaRc8vs0

副葬品が無いのはイイとして、骨が無いのは何でよ?

 

27:2023/06/14(水) 14:49:12.26ID:iJHWHWhn0

>>9
逆だ
骨は土に溶けてしまったとしても、
副葬品が無いとはどういうことだ
金属類や宝石類が何も副葬されなかったとは

現代の火葬では燃えるものしか棺に入れないが、
土葬なんだぞ

 

14:2023/06/14(水) 14:30:42.63ID:APKViWnI0

副葬品がないとは?盗掘されたってこと?

 

21:2023/06/14(水) 14:37:31.67ID:TT1MTO/U0

まぁどう考えたって畿内だよなw

 

35:2023/06/14(水) 14:59:43.05ID:iJHWHWhn0

・本当に3世紀の地層なのか、地層がまるごと小高いだけの2世紀の遺跡ではないのか?

・本当に未盗掘だったのか、とっくに盗掘されてから土に埋まって、無関係に神社が建てられたのではないのか?
(神社の来歴から、神社の地下に何かがあることは示唆されるのか?)

・本当に墓だったのか、石棺だと思ったのは石造りの倉庫だったなんてことはないのか(さすがに他の遺跡の例からしてそれはないか)
神話にしばしば見られる死と再生の象徴として、石棺に閉じ籠ってしばらくしてから出てくるという儀式のための設備とか?(平安時代の物忌みの原型の原型?)

 

37:2023/06/14(水) 15:01:21.53ID:6eo+hVLV0

盗掘された後だった

 

42:2023/06/14(水) 15:17:06.29ID:w4pUewrK0

邪馬台国は大陸の文献に出てくるだけで日本には記録がない
大陸の文献でもその位置は日本ではない所を指す

 

46:2023/06/14(水) 15:22:42.59ID:m57ViJ0D0

やっぱゴッドハンドがおらんようになった日本史業界は衰退の一途だな

 

49:2023/06/14(水) 15:23:38.53ID:AJGmhvs20

どんぐりばっか食って日記つけねーからこんなことになんだよ。( ´・ω・`)

 

66:2023/06/14(水) 16:12:55.88ID:05E/O2w10

盗掘されてたの?

 

67:2023/06/14(水) 16:14:08.99ID:85BvTcU20

俺が全部盗掘した

 

69:2023/06/14(水) 16:43:16.73ID:Qudl+RAy0

遺骨とかが見つからなかったってことは盗掘されてたってことじゃん
盗掘されてないって言ってたくせに

 

75:2023/06/14(水) 17:05:30.71ID:0GZ7mTum0

>>69
盗掘はされてないよ
石蓋と棺を密着させていた粘土が付着したままだったし、重機使わなければいけないほどの石をどける技術を神社が建つ前の時代に持っていたとは考えられない

 

70:2023/06/14(水) 16:53:36.98ID:NKJQtOJZ0

邪馬台国も卑弥呼も中華からみた代名詞みたいなもんで
いち集落、いち巫女にすぎない。

 

72:2023/06/14(水) 16:57:18.32ID:O+anECW+0

これだから佐賀なんだよ

 

84:2023/06/14(水) 18:11:52.35ID:z8l9dbGY0

何百年も前に盗掘されてた

 

87:2023/06/14(水) 18:16:53.79ID:5x/sF3KE0

卑彌呼じゃなくて壹與の墓とかじゃね。

卑彌呼なら徇葬者たくさんいるわけで(´・ω・`)

 

90:2023/06/14(水) 18:31:10.41ID:2ABaY6pY0

他の盗掘されてなかった古墳見れば解るじゃん
何かは出るんだよ
何も出ないは盗掘だよ
だいたいは横から掘って盗むんだよ
元々盛土だから埋めれば解んないのよ

 

95:2023/06/14(水) 18:39:57.62ID:0GZ7mTum0

>>90
だからさ、土が流入して有機物は溶けてしまっている可能性が高いって最初の会見から言ってたでしょ
それが今回事実として確認されただけのこと
盗掘の可能性も最初の会見あたりで否定してたよ

 

104:2023/06/14(水) 19:43:09.70ID:aKKtH4gt0

>>0103
九州地方の一般的な形質。
縄文の遺伝子は薄い。朝鮮半島南部と琉球の遺伝子は強い。
手足が、朝鮮半島南部・琉球などと同様に未発達(短い)。また顔が極端に大きいなどの特徴がある。
顔が角張っている(エラが張っている)。顔に余白が多いなどと評されることも。

福岡県:朝鮮半島南部と琉球の遺伝子が6:4の割合で混じっている。プライドが高いと評される県民性であるらしい。
佐賀県:朝鮮半島・琉球・縄文の遺伝子が見つかっている。
大分県:朝鮮半島・琉球の遺伝子が多く見つかっている。
長崎県:朝鮮半島・琉球の遺伝子が多く見つかっている。また、民族学・言語学ともに朝鮮・琉球との関係が指摘されている。
熊本県:朝鮮半島・琉球・縄文の遺伝子が見つかっている。
宮崎県:琉球の遺伝子が強い(特に南部)。
鹿児島県:琉球の遺伝子が強い。朝鮮半島の遺伝子も多く見つかる。

https://w.atwiki.jp/wikirace/pages/193.html

 

118:2023/06/15(木) 05:12:53.91ID:0sIDa07y0

>>104
朝鮮半島南部に縄文人いたからな
どのみち縄文人と弥生人の混血が
日本人なわけでミスリードなレスだな

 

134:2023/06/15(木) 10:23:15.33ID:FRlGH2gy0

>>104
ソースがこの世に存在しない素人大学生の個人ブログ(管理人・わたしは遺伝子や形質などよく分からないのでただの感想メモです)を張り続けるしかないの可哀想、ちゃんとした調査結果がいつか出るといいねw

▼梅原猛(京都在住哲学者・愛知県出身)
『近畿人は日本人全体からかけ離れて朝鮮人に近い。東大の埴原和郎先生は近畿人は日本人じゃないと言うんだ。』
▼多賀谷昭(日本人はるかな旅)
『近畿人の特徴は、朝鮮半島や中国大陸に現在住んでいる人々の特徴と概ね一致する。』
▼井上満郎(京都産業大学教授・歴史学者)
『秦氏というのは新羅を母国といたしまして、五世紀の後半に日本列島に渡来してまいります。そしてこの京都に住みつきます。』
▼池田次郎(京都大学名誉教授・自然人類学)
『畿内古代人は韓国朝鮮現代人に類似する畿内現代人と同じグループに属し、縄文人から最も離れている』
▼レヴィン(旧ソ連の人類学者)
『シベリア抑留者1万人を調査した結果、近畿人は朝鮮人とほぼ同じだが、東西へ向かうに従い日本人となっていく』
▼岩本光雄(京都大学名誉教授・霊長学)
『畿内人と大陸人、とりわけ朝鮮人は人種的につながっている』
▼埴原和郎(東京大学名誉教授・自然人類学)
『近畿人、特に畿内人は目立って朝鮮の集団に近く、日本人全体の平均からは外れている』
▼関晃(東北大学名誉教授・熊本県出身)
『帰化人たちは、そのほとんど全部が奈良盆地、大阪平野、京都盆地と、その周辺地域である播磨平野、紀ノ川流域、近江盆地あたりに根をおろしたといってよい』
▼欠田早苗(兵庫医科大学名誉教授・解剖学)
『大阪を中心とする近畿地方の人たちは、百済地方の人たちと匹敵するほど頭の形が丸い』
▼熊谷公男(東北学院大学教授・日本古代史)
『河内国(大阪府)が列島随一の渡来人(朝鮮半島)の集住地域であったことはよく知られている』
▼国民百科事典(平凡社)
『近畿地方を中心とする関西地方の人々が、朝鮮人的要素を有することは注目に値する』
▼網野善彦(山梨県出身・歴史学者)
『以前サントリーの会長が東北には未開なクマソが住んでると言って問題になりましたが、あれは関西人の発想です』

 

135:2023/06/15(木) 10:32:05.09ID:FRlGH2gy0

>>104
九州の形質
長頭、全国で最も顔が小さい、低顔、低眼窩、蒙古ヒダ薄い、体毛濃い、彫りが深い

近畿の形質
短頭、全国で最も顔がデカい、高顔、高眼窩、発達した蒙古ヒダ、体毛薄い、扁平なのっぺり顔

男性の頭蓋長幅指数の経年変化(中橋孝博)
頭蓋長幅示数・現代
九州76.6、関東78.5、近畿80.7
近畿地方は頭幅の拡大のみによって短頭化が進み(つまり顔がそのまま上下左右に肥大化した)

近世から現代にかけて、頭蓋長幅指数の値は3地域とも増大傾向があった。
しかし、近畿地方は頭幅の拡大のみによって短頭化が進み、頭長の短縮を伴って短頭化が進んだ関東地方や九州地方とは異なっていた。

頭型の時代変化を関東や近畿地方と比較してみるとFig.4のような結果が得られる。
まず中世以降の変化において、当地方では現代人へと徐々に短頭化していく様相がみられ、この変化傾向に関しては関東地方とも、そして一部は近畿地方とも共通しているようである。
ただ、近世人のみならず、現代人間においても北九州人は最も長頭に傾いており、近年の現代人骨の研究(現代日本人頭骨研究班,1981)でも、北九州地方人は北陸地方人等と共に全国で最も長頭傾向の強い集団であることが明らかにされている。
問題はこうした地域差がいつ頃から、どういった要因で生じたのか、ということであるが、まず上記の結果からして関東、近畿、そして北九州地方のそれぞれ都市部に限ってみれば、
その程度はやや異なるものの現代人骨間で認められるような頭型の地域関係が、少なくとも江戸時代には既に顕われているということになろう。

こうした頭型の変化や地域差に関してさらに興味深いのは、近畿地方との差である。Fig.4にも示したように、古墳時代でも大阪や大和といった畿内中心域出土のものに限れば既に短頭性が認められるとの指摘があり(島・寺門,1957)、
近世のみならず、既に古墳時代から両地方間にはかなりの差(永井,1985)が存在したことになる。

 

136:2023/06/15(木) 10:33:10.05ID:FRlGH2gy0

>>104
埴原は、現代日本人の頭蓋形態の地域差を分析し、近畿地方人の特異性を指摘した。
現代の近畿地方人は、比較的短頭で、頭蓋全体は大きいが脳頭蓋最大長はきわめて小さい。そして、その特徴によって近畿地方人は他地域の集団とかけ離れた位置をとる(埴原)。
また、生体計測学的研究の結果からみると、近畿地方人の頭形は、同心円状の地域分布の中心となることがわかっている(小濱)。
近畿地方人が最も短頭で、関東地方人、北九州地方人がこれに続くという地域関係は、現代のみならず、近世でも成立していた(長岡,2005)。
※近畿地方の現代人は、(欠田,1959)の現代人のデータを利用した。

両地域の相違は、短頭傾向を持つ近畿の集団と長頭傾向を持つ九州の集団との違いにみられるように、頭蓋計測値でも認められている(Nagaoka.2003)
したがって、両地域の相違は歯冠サイズに限定した現象ではない。

同心円的構造の背景として、外来集団の渡来は不可欠ではあるが、もう一つの重要な要因として近畿の歴史的・社会的環境要因を考えた。
近畿は歴史時代における政治・経済・文化の先進地域であり、そうした地域に特有な社会環境が遺伝子頻度の変化、例えば渡来人遺伝子の増加をもたらした可能性があると指摘した。

本研究の結果は長岡・熊倉(2002)の結論と矛盾しない。
近畿地方の特異性の解明にはさらに近世以前の資料の蓄積を待たないとならないが、本研究の結果は、日本人形成史の研究に寄与する重要な知見であると考える。

 

137:2023/06/15(木) 10:34:04.70ID:FRlGH2gy0

>>104
ペンローズの歯冠サイズ(m)距離の距離行列(長岡朋人)

(縄文人との距離)
現代(近畿)1.26
現代(関東)0.73
現代(九州)0.47
(渡来系古墳人との距離)
現代(近畿)0.01
現代(関東)0.14
現代(九州)0.30

本資料はすべて成人男性である

 

138:2023/06/15(木) 10:37:08.10ID:FRlGH2gy0

>>104
『地域別に見たる外鼻,顔面並に頭部形態の変化 及びそれらと鼻中隔畸形との関係』若盛宗雄

戦前長谷部,松村氏等により日本における全国的調査が行われ,戦後にも生体測定班により大規模な全国的研究が行われて,日本人の地方的差異は漸時明らかになりつつある,
地域的差異についての原因の詳細は不明であるが,鈴木教授は「恐らく遺伝因子に基ずく真の地方差のほか,他の因子即ち広義の環境の影響も加わって甚だ複雑な理由によるものと思われる」と述べている.

附田氏は20~60才の成人について北海道を除き全国各地を調査し,都市人がより広頭かつ短頭で高頭であること,これに対し農村漁村民がより長頭かつ狭頭で低頭であることを明らかにし,
又,古くから文化の中心地であり先進的地方であった近畿人が最も広頭短頭高頭であるのに対し,これと遠隔にありかつ文化的に後進的地域であった東北九州北陸地方人がより長頭狭頭低頭であることは,
正しく頭部形質が文化度と密接な関係にあることを物語るものであると報告している.
私の成績では何れも都会は農村より一定の有意性を以て短頭であり上記成績と一致する.

近畿地方人は,頭長短く,頭幅並びに頭高大にして,最も短頭且つ高頭型を示し,これを遠ざかる東北,北陸,九州地方人は比較して長頭且つ低頭である.
その中聞に位置する中国,四国,関東地方人は,頭径においても,その中間を占め,比較的短頭型に属する.
これらを10年乃至20年前の先人の成績に比較すると,その間多少の異変はあるが.頭長において約1.5mm内外の短縮が認められ,頭幅,頭高においては若干の伸長はあるが大差がない.
対馬島民の頭形は島村漁民でありながら町型に類似しており,九州地方に近接していながら,近畿地方人に近似した頭型を示している.これは特異な現象で所謂,種族差を表示せるものと認められる.

 

117:2023/06/15(木) 05:12:40.56ID:1/qlmlLI0

副葬品なんて喪主が最後のご挨拶してる間に運び出すんだよ。
もったいない。

 

121:2023/06/15(木) 07:23:42.37ID:gt0nUgs10

墓を作ったけど実際には何らかの理由で使用されなかったんだろう

 

126:2023/06/15(木) 07:48:01.24ID:sfeMnwYi0

蓋が1枚だけ裏返っていたんでしょう?
大昔に盗掘された証拠じゃないの

 

127:2023/06/15(木) 07:56:28.84ID:yeBzN9PN0

遺跡の上に神社があったんだから、作った時にとったんだろ

 

151:2023/06/15(木) 16:16:51.98ID:xdapDjOr0

邪馬台国の音はヤマトが元だろう
だが魏志倭人伝に記されてる邪馬台国がヤマトだったかは疑問
ヤマトの勢力下だった九州の地方豪族がこっそり中国と交易して利益を独占してた
つまり中国を相手にするのにヤマトを騙った可能性もある
袖の下もらって中国のお役人にとっても損はない

 

153:2023/06/15(木) 19:13:30.54ID:8ug3ox+B0

うーん、何もないとなるとやっぱり
遺跡そのものがまじないだった可能性が出てきたな
ヤバいもん封じてた系。マズいんじゃないの?

 

156:2023/06/15(木) 22:25:46.47ID:9wvOViny0

邪馬台国連合の北九州の勢力と隼人に熊襲と三つ巴で争ってたんだな?
それで隼人が神武東征して畿内に一大勢力を作り北九州と熊襲は滅ぼしたと。
結局の所色んな地域から流入してきた勢力がそれぞれ別れていて九州で争ったんだろうな。
隼人大和朝廷にとっては北九州は無かった事にしたいと。
熊襲は単なる反抗勢力で淡々と滅ぼした。
やっぱり宗教かねえ?

 

160:2023/06/16(金) 07:43:41.81ID:Hqls2SCv0

>>156
だいたいあってるけど、神武とかいないから

 

166:2023/06/16(金) 09:27:34.27ID:N1WP+FES0

邪馬台国では卑弥呼が亡くなった後
女奴隷を一緒に墓に埋葬

大和朝廷は埴輪を造った

ヤッパ邪悪な国だから邪とか付いたんだな

 

168:2023/06/16(金) 10:01:35.91ID:F7XpsUSo0

そう言えば奴隷を輸出までしてるんだな邪馬台国は?
ちょっと後に続く日本文化と違うね。
神道とは違う系統の民族っぽい。

 

169:2023/06/16(金) 10:07:12.87ID:864Si6HS0

魏志倭人伝に卑弥呼は鬼道とか書いて有ったね。
魏の役人が鬼の道と思う信仰とは?